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当ブログは9月28日、「新しい快速電車の勢い」から名称を変えました。今後ともよろしくお願いします。
プロフィール

ラピ@印西星人

Author:ラピ@印西星人
出身地:千葉県鎌ヶ谷市
所在地:印旛沼のあるところ
誕生日:西城秀樹さん、(故)藤田まことさん、上沼恵美子さん、萬田久子さん、水嶋ヒロさんと同じ。
誕生日の花:いちご(花言葉:誘惑 甘い香り)
(スジャータによる)
血液型:A
性別:風水では「火」「陽」の気を持つと言われている性
誕生年月:ピンク・レディーがデビューする4箇月程前。
星座:おひつじ座
苦手なもの:行列、混雑・渋滞、夜更かし、長い連勤
PR:当ブログは年中無休、新しい快速電車の勢いで毎日更新!



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東京の交通100年博―これまでの100年と、これからの100年―
7月から両国にある江戸東京博物館では、東京都交通局の創立100周年を記念して、「東京の交通100年博」が開催されています。

私はこの情報を、北総線を走る都営5300の車内で知りました。

都営交通はいまからちょうど100年前の1911年(明治44年)、路面電車事業と電気供給事業を買収し、東京市電気局として発足しました。

以来100年の長きに亘り、都民の足として活躍を続け、今でも発展を続けています。

特に印象深かった点を3点お話しします。

1.都電の華やかなりし時代~現在

東京都(市)内の路面電車は明治の昔より発達していましたが、1955年(昭和30年)に都電は黄金時代を迎えました。たくさんの系統番号の板や路線図、行き先板などがずらりとならんでいました。

しかしモータリゼーション化が進行し、定時運行が困難を極めるようになりました。写真の中には都電がたくさんのクルマに阻まれて身動きが取れない状況の写真もありました。計画的に徐々に路線を廃止することとなってしまいました。

それでも併用軌道区間の少ない荒川線だけは残されることとなり、現在に到っています。私も何度か世話になりました。最近では、5月のアロマテラピー検定1級の試験(大正大学)に行く際に世話になりました。 新庚申塚駅で降りました。

試験の後、三ノ輪橋駅で撮りました。

荒川線1

それから、7500や7000が実は昔の車両の更新だったということをつい数ヶ月前に知りました。

ほかにも静態保存されている都電の車両の紹介があり、そのなかにトレインカフェ(八千代市)もちゃんとありました。

トレインカフェ3

2.昔の三田線は、赤帯だった!

三田線の帯は現在は青色ですが、昔の写真を見ると、車両は6000なのですが帯の色がなんと赤!

三田線の歴史といえば、現在は東急目黒線との相互直通をしていますが、その昔は
東武東 上 線との相互直通を行う計画があったようで、そのために6000の窓が東武電車のような窓になったということを知っています。

そして昔は、「志村」という駅までしか走っていなかったこと。6000が「志村」行きの幕を出していた写真を見たことがあります。しかし赤帯の写真は初めて見ました。

ちなみにその「志村」駅が現在の高島平駅のことだと知ったのも、この記事を書くに当たって調べてみてのことでした。実は志村坂上か志村三丁目かと勘違いしていました。

高島平駅~西高島平間の開業は1976年(昭和51年)5月6日で、そのポスターもありました。ちなみに、両駅間にある新高島平駅は、もっと後の開業かと思いましたが同日の開業のようです。

3.赤と黄色のバスが懐かしい!

都営バスは、現在は黄緑色に黄色の輪という色彩ですが、その昔は白地に青帯、黄色地に赤帯、白地に緑とベージュという色彩のバスがありました。

そのうち黄色と赤、緑とベージュのバスは、新宿駅から東京女子医大行きの宿74系統のバスに何度か乗ったことがあります。

この3つの色彩のうち黄色と赤は、都営地下鉄の帯の色をイメージしたものなのかと小学生の私は思っていたものですが、どうもそうではなく冷房車の証だったかなんだったか・・・のようです。しかしけばけばしいとのことで評判が悪く、けっこう早くになくなってしまったようです。

それから懐かしい思い出として、高田馬場からやはり東京女子医大方面のバス(東71系統)に乗った際、高田馬場駅を出て最初の停留所名が戸塚特別出張所(当時)で、当時特別出張所といえば鎌ヶ谷の三和銀行(船橋支店鎌ヶ谷特別出張所)から、銀行のことだと思っていた私は

「銀行の名前がバス停になるのか!?」

新しい快速電車の勢いで真剣に驚き、車窓から銀行の特別出張所を一生懸命探してしまったものです。

ちなみに、ここでいう特別出張所とは新宿区役所の出張所のことで、新宿区では出張所を特別出張所と呼んでいるようです。

さらにちなみにですが、銀行の名前がバス停の名前になる例は、千葉県にあります。「千葉銀行前」というバス停が、実籾駅付近(京成バス)と勝田台駅付近(東洋バス)にあります。

ということで私も、都営交通の歴史の何分の一かにかかわったことになります。

会期は9月10日(土曜)までです!お早めに!
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テーマ:歴史 - ジャンル:学問・文化・芸術


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