昨日、1年ぶりに大宮にある鉄道博物館へ行き、特別企画展の電車特急50年〜ビジネス特急「こだま」からJR特急まで〜を観に行きなどました。
この企画展のタイトにある通り、電車特急の元祖は、1958年(昭和33年)11月に営業運転を開始した、こだま号でした。
こだま号は、東京〜大阪間を6時間50分で走り(運転開始当初)、日帰りでの東海道の往復を可能にしたことから「ビジネス特急」と呼ばれました。
試験走行では、上りの藤枝〜金谷間でなんと狭軌鉄道としては世界最速の163km/hをマークして話題となりました。
その当時、特急列車は例えばこだま〇号ではなく第一こだまだの第二こだまだのと呼ばれていたようです。
しかし、営業運転開始から6年後の1964年(昭和39年)10月に東海道新幹線が開業すると、東海道線の電車特急は全廃となってしまいました。
そうなるとこれまで華々しく活躍してきた車両が余剰、ということになります。
が、山陽本線など他の線区で活躍の場を与えられました。
ほかにも、寝台の電車特急の登場や、昭和43年10月のダイヤ改正、いわゆる「ヨンサントオ」の改正で、特急、急行列車の大増発があるなど都市間輸送体制が確立されました。
そして今では、さいごに述べるように特急列車に乗るということが、もうさほど特別なことではなくなって来ています。
私が通っていた高校の英語の先生によると、かつて特急列車といえば親が危篤になったなどのようなことがない限りは乗れなかったとのことで、それだけで特急列車というものが特別な存在であったことが伝わりました。
何しろ特急列車は正しくは「特別」急行列車ですから、それも然るべき話です。
その一方、急行列車は特急列車に比べて気軽に乗れる列車だったようで、写真の解説に
「特急の乗客と比べて庶民的な出で立ち」
といった趣旨の一文が印象的でした。
1964年(昭和39年)4月に、草薙〜静岡間の踏切で特急「第一富士」がダンプと衝突事故があった際、その列車のピンチランナーとして急行用車両があてがわれたことがありましたが、車内設備のあまりの落差からか、その列車の特急料金は着駅で半額払い戻しがなされたそうです。 尚、こだま号でこれが行われると、愛称をもじって「かえだま」号と呼ばれていたようです。
今ではいわゆる特急誘導を除いて考えても、短距離での特急利用だけでなく、在来線特急や新幹線での通勤、通学も一般的なこととなり、特急列車が身近な存在となっています。
かくいう私も仙台遠征の折には東北新幹線を土日きっぷの恩恵で新しい快速電車の勢いで乗り倒しています。
しかし、割引きっぷの少ない東海道新幹線は、私にとって滅多に乗ることのできない、敷居の高い特急列車です。
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